2003.01.18
と言う訳で、引用です。デジクリ
−−−引用ここから−−−
しかし、経験的に僕は思うのだけど、そんな深い想いや心の傷を一生引きずっていくことはほとんどない。もちろん死ぬまで忘れることはないかもしれない。だが、想いは薄れていく。人は日常の生活の中で、ひとつの想いだけに凝り固まって生きているわけではない。人は最愛の人の死にさえ慣れてしまう。悲しみも想いもやがて薄れていくし、憎しみは時と共に弱まる。
人は諦め、妥協し、忘れ、水に流さなければ、現実の長い長い人生を生きてはいけない。
−−−ここまで−−−
昨日も書いたとおり、私自身はクリエーターでも何でもありませんが、このメルマガを取っています。このメルマガを取っている理由は、別にデジタルクリエーションのノウハウを伝授して貰うとかそんな高尚なものではなく(をい)、そう言う仕事に携わっている人のメンタリティーに触れたいというそれだけの理由だったりする訳です。
・・・まあ、会社での暇つぶしという意見も若干あるでしょうが(汗
で、今日の内容は「嵐が丘」のストーリーから上のような結論を出していた訳です。
なんか昨日と逆か?なんて思ったりして。
諦め・妥協。そうだよな。それも必要だよな。
でも。何か。追える物、追いたい物、追い続けたい物。
そんなのがあっても、良いじゃないか。
えと。
ギブアップ(ヲイ)。
無理ですダメですトランス系はイメージと違います。
と言う訳で。
音ネタ探しの旅に出て参ります。
ま、必ず今日中に戻ります&明日は制作日記(5)を書きます(笑)
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